者もなく、南京虫《なんきんむし》と虱《しらみ》に悩まされ、濁酒と唐辛子を舐《な》めずりながら、温突《おんどる》から温突へと放浪した。
しかし、空拳と無芸では更に成すべき術もなく、寒山日暮れてなお遠く、徒らに五里霧中に迷い尽した挙句、実姉が大邱に在るを倖い、これを訪ね身の振り方を相談した途端に、姉の亭主に、三百円の無心をされた。姉夫婦も貧乏のどん底だった。
「百円はおろか五円の金もおまへんわ」
と、わざと大阪弁をつかって、ありていに断ると、姉の亭主は、
「――そうか、そりゃ、残念だ。ここに百円あれば、ぼろい話があるんだが……」
と、いかにもがっかりした顔だった。釣られて、
「――では、何かうまい話でも……?」
と、きくと、実は砂金の鉱区が売物に出ているという。銀主を見つけて、採取するのもよし、転売しても十倍の値にはなるとの話に、丹造の眼はみるみる光り泪一つこぼさず、三味線の心得あるを倖い、お千鶴をしかるべきところへ働きに出した。そして砂金の鉱区を買ったが……。
写していて、よくもまあ、お前という人間のいやらしさにうってつけの文章だと、あきれるくらいだが、さて、そうやって砂金の鉱区を買ったものの、ここでも未だ運は向かなかったらしい。
お前が大阪から姿を消してしまってから二年ばかり経ったある日、御霊《みたま》神社の前を歩いていると、薄汚い男がチラシをくれようとした。
どうせ文楽の広告ビラだろうくらいに思い、懐手《ふところで》を出すのも面倒くさく、そのまま行き過ぎようとして、ひょいと顔を見ると、平べったい貧相な輪郭へもって来て、頬骨だけがいやに高く張り、ぎょろぎょろ目玉をひからせているところはざらに見受けられる顔ではない――すぐお前だとわかった。倭小な体躯《たいく》を心もち猫背にかがめているのも、二年前と変らぬお前の癖だった。
「こいつ奴!」
と、思わず出掛った言葉に代る「よう!」という声をいっしょにあわててチラシをうけとったが、それは見ずに、
「どうしてたんだい? 妙なところで会うね」
チラシ撒きなんぞに落ちぶれてしまったかと、匂わせながら言うと、案外恥じた容子も見せずに、酒蛙酒蛙《しゃあしゃあ》と、
「――いや、どうもすっかり御無沙汰しまして……。いつぞやは、飛んだ御迷惑を……」
と、それで、湯崎の一件を済して置いて、言葉を続け、
「――実は、あれから、朝鮮へ行って、砂金に手を出したりしましたんですが、一杯くわされましてな、到頭食いつめて、またこちらへ舞い戻って来ました」
「――そりゃ大変だったね」
と鷹揚《おうよう》に湯崎でのことは忘れたような顔をして、
「それで、なに[#「なに」に傍点]はどうしてるんだね? 今でもやっぱし……」
お前と一緒にいるのかと、わざとぼんやりきくと、お前は直ぐお千鶴のことだと察し、
「ああ、――あいつですか。朝鮮に残して来ました。これをしてますよ」
三味線をもつ真似をしてみせ、けろりとしていた。
「――なるほどね」
と、おれも平気な顔をしていた筈だが、果してどうか。実は内心|唸《うな》っていたのだ。が、いつまでもお千鶴のことを立ち話にきくのも変だと、すぐ話をかえて、
「――ところで、お前の方は、いまどうしているんだい?」
と、きくと、
「――薬屋をしているんです」
「――へえ?」
驚いた顔へぐっと寄って来て、
「――それもあんた、自家製の特効薬でしてね。わたしが調整してるんですよ」
「――そいつア、また。……ものによっては、一服寄進にあずかってもよいが、いったい何に効くんだい?」
「――肺病です。……あきれたでしょうがな」
「――あきれた」
かつて灸婆をつかって病人相手の商売に味をしめた経験から、割り出してのことだろうと、思わず微笑させられたが、同時にあきれもした。
むかし道修町の薬問屋に奉公していたことがあるというし、また、調合の方は朝鮮の姉が肺をわずらって最寄りの医者に書いてもらっていた処方箋《しょほうせん》を、そっくりそのまま真似てつくったときくからは、一応うなずけもしたが、それにしてもそれだけの見聞でひとかどの薬剤師になりすまし、いきなり薬屋開業とは、さすがにお前だと、暫らく感嘆していた。
それと、もうひとつあきれたのは、お前の何ともいえぬ薄汚い恰好、そして自身でその薬の広告チラシを配っていることだった。が、この事情は「真相をあばく」に詳しい。
――朝鮮を食い詰めて、お千鶴を花街に残したまま、再び大阪へ舞い戻って来た丹造は、妙なヒントから、肺病自家薬の製造発売を思い立ち、どう工面して持って来たのか、なけなしの金をはたいて、河原町に九尺二間の小さな店を借り入れ、朝鮮の医者が書いた処方箋をたよりに、垢《あか》だらけの手で、そら豆のような莫迦に大きな、不恰
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