も蓼《たで》食う虫が好いて、ひょんなまちがいからお前に惚れたとか言うのなら、まだしも、れいの美人投票で、あんたを一等にしてやるからというお前の甘言に、うかうか乗ってしまったのだ……と、判った時は、おれは随分口惜しかった。情けなかった。
 あとからは知らず、最初お千鶴はお前になんか一寸も惚れていなかったのだ。その証拠に……と言うのは、ひどく理詰めな言い方だが、お千鶴はおれに惚れていたのだ。いや、少なくとも、おれはそううぬぼれていた。その眼付きが証拠だと信じていた。もっともお千鶴は美人は美人にしろ、一等には少し無理かと思えるほどの眇眼《すがめ》で、本当はおれの思いちがいだったかも知れないが、とにかくお前よりはおれの方が好かれていたことだけは、たしかだ。
 それを、お前に、いやな言い方をすると、横取りされてしまったのだ。それもほかの理由でならともかく、おれが、大阪弁で言うと、「阿呆《あほ》の細工に」考えだした美人投票が餌になったのだから、いってみれば、おれは呆れ果てたお人善し、上海まで行き、支那人仲間にもいくらか顔を知られたというおれが、せっせっと金米糖の包紙を廉い単価で印刷してやっていたことなぞ、自分でも忘れてしまいたいくらい、情けなく恥かしかった。
 普通なら、嫉妬の余り、お前の顔を見るのもいやだと、それきり手を切ってしまうところを、そうしなかったのも、ひとつには、そんな気持を見すかされるのを怖れたからなのだ。いや、見すかされる云々は第二段、そんな大人気ない自分自身を恥じたからなのだ。
 けれど、さすがにおれは、おれのおかげで……と言っても、そんなに言い過ぎではあるまい――お千鶴をわがものにして、船場新聞の社長で収まり込んでいるお前を見ると、こいつ、良い気になりやがって、いっぺん失脚させてやったら、どんな顔をするだろうか、とひそかに思わぬこともなかったのだ……。
 どうだ? 驚いたか。恐れ入ったか。お人善しだとお前が思っていたおれの肚《はら》の中は、こんな風だったのだ。それを、損害賠償の請求とは、相手を知らぬ可愛いい振舞いを、お前もしたものじゃないか。普通、恩を知っている者なら、そんな五十円の賠償金なぞ請求できぬところを、そうしたのは、余程おれを甘く見たのだろうが、そうはおれは甘く出来ていなかった。いや、ただ甘く見たのではあるまい。それがお前の流儀なのだ。ちょっと余人
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