いか」
「あはは……」
「無礼な奴! 姿を見せずに笑うとは高慢至極! さては鳥居峠の天狗とはうぬがことか。鼻をつく闇に隠れて俺をからかうその高慢な鼻が気にくわぬ。その鼻へし折って、少しは人並みの低さにしてくれるわ。やい。どこだ。空ならば降りて来い。二度と再び舞い上れぬよう、その季節外れの扇をうぬが眼から出た火で焼き捨ててくれるわ。どぶ酒に酔いしれたような、うぬが顔の色を、青丹よし、奈良漬けの香も嗅げぬ若草色に蒼ざめてくれるわ!」
相も変らぬ駄洒落を飛ばして、きっと睨みつけると、あやし、あやし、不思議の檜はすっと消えて、薄汚い老人がちょぼんと眼の前に立っている。
手足は土蜘蛛のように、カサカサに痩せさらばえて、腰は二|重《え》に崩れ、咳《せ》いたり痰を吐いたり、水|洟《ばな》をすすり上げたり、涎《よだれ》を流したり老醜とはこのことかむしろ興冷めてしまったが、何れにしても怪しい。
「神《しん》か、仙《せん》か、妖《よう》か」
と、まず問うたところ、
「あらぬ」
と、答えた声がキンキンと若やいで、いっそいやらしかった。
「すりゃ人間か」
「人間にして人間にあらず。人間を超克した者だ。
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