らばじゃ」
「あッ佐助様。待って」
「この醜くさ、この恥かしさ、そなたの前にさらすのも、今宵限りじゃ」
さらばじゃと、大袈裟な身振りを残すと、あっという間に佐助は駈けだして、その夜のうちに、鳥居峠の四里の山道を登って、やがて除夜の鐘の音も届かぬ山奥の洞窟の中に身を隠してしまった。
こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助は、冬眠中の蛇を掘り[#底本では「堀り」と誤植]出して啖《くら》うと、にわかに精気がついたその勢いで、朝《あした》に猿と遊び、昼は書を読み、夕は檜の立木を相手にひとり木剣を振うている内に三年がたち、アバタの穴が髭にかくれるほどの山男になってしまった。
ところが、ある夜更け、打ち込んだ檜の大木がすっと遠のいた。
「はて、面妖な」
と、続けて打って掛ると、右に避け、左に飛んで、更に手応えがない。
「まさしく奇々天怪。動かぬ筈の檜が自由自在に動くとは、まさに尋常の木にあらず。狐狸か、天狗か、森の精か」
と、呟いた途端に、カラカラと高笑いが聴えたが、姿は見えなかった。
「誰だ? 笑うのは」
「あはは……」
「うぬッ! またしても笑うたな。俺のアバタ面がおかし
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