、何ちゅうお菜なら?」
 と、里訛で訊くのだった。
「鮭という魚《とと》や」
「魚て何なら?」
「あッ、それでは……」
 里では魚も食べさせて貰えなかったのかと、他吉はほろりとして、
「取るもんだけは、きちきち取りくさって、この子をそんな目に会わしてけつかったのか」
 と、そこらあたり睨みまわす眼にもふだんの光が無かった。
 君枝は茶碗の中へ顔を突っ込み、突っ込み、がつがつと食べ、ほろりとした他吉が、
「ほんまにお前にも苦労さすなあ。堪忍《かに》してや。しかし、なんやぜ、よそへ貰われるより、こないしてお祖父《じい》やんと一緒に飯《まま》食べる方が、なんぼ良えか判れへんぜ。な、そやろ? そない思うやろ?」
 と、言っても、腑に落ちたのかどうかしきりに膝の上の飯粒を拾いぐいしていた。
 入学式の日、他吉は附き添うて行った。
 校長先生の挨拶に他吉はいたく感心し、傍にいる提灯屋の親爺をつかまえて、
「やっぱし校長先生や。良えこと言いよんなあ。人間は何ちゅうても学やなあ」
 と、しきりに囁いていたが、やがて新入生の姓名点呼がはじまると、他吉は襟をかき合わせ、緊張した。
「青木道子」
「ハイ」

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