国でよう温《ぬく》もってるこっちゃろ」
 と、言った。誰も笑わなかった。
 鈴の音で寝かしてあった勉吉が眼を覚まし、泣きだした。
 君枝は抱き上げて、
[#ここから2字下げ、底本では3字下げ]
「船に積んだアら
どこまで行きゃアる
木津や難波の橋の下ア」
[#ここで字下げ終わり]
 子供の頃、他吉が俥に乗せて、きかせてくれた子守歌を小声でうたっていると、ぽたぽた涙が落ちて来た。
「今晩は……」
 女の声がした。遠慮がちに低めていたが、それでもきんきんとよく通る声だった。聴くなり蝶子だと判った。
「蝶子はんや」
 君枝は涙を拭いて、
「――あんた、蝶子はん来てくれはりましたぜ」
 と、次郎に言った。
「そうか」
 次郎はかつて、「蝶柳」で遊んで蝶子や柳吉に意見された時のことをちょっと思いだした咄嗟に、
「そうだ、マニラへ行こう」
 声に出して呟いた。
「――君枝ももちろん一しょに行くやろ」
 蝶子はおくやみが済むと、居合わした人へ遠慮しながら、
「ちょっと……」
 と、言って、君枝に眼交した。
 君枝は二階へ上った。蝶子は随いて上って来て、
「あんた、葬式に着るもん持ったはれへんやろ思て
前へ 次へ
全195ページ中191ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング