。
「〆さん、頭のゼンマイ狂たんと違うか」
君枝はさすがに看病疲れもなく、こんな訊き方をすると、〆団治は、
「さにあらず。実はやな、わいも○○興業の落語の慰問隊たらいうもんに加わって、南方へ行くことになってん。南は暑いと聴いたさかい、今からこの服装や」
と、言い、水洟をすすりながら、
「わいの落語も南なら受けるやろ」
嬉しそうに言った。
「お前みたいな老いぼれのあんぽんたんでも、南方へ行けるのんか」
他吉は聴いて口惜しがり、
「――どうせマニラも陥落したこっちゃし、マニラへも行くんやろ。うまいことしやがんな」
「一足さきに、えらい済まんなあ」
「何がさきや。わいは飛行機で行くさかい、お前の乗ってる船追い抜いて、お前より早よ着くわい。マニラへ着いたら、他あやんが出迎えに来てへんか、眼のやにを拭いて、しっかり見んとあかんぜ。――ところで、何日出発や」
「明後日《あさって》や」
〆団治が答えると、君枝は、
「えらいまた急やなあ。お祖父ちゃんが元気やったら、駅まで俥に乗せて、見送ってもろたげるのに……」
と、言った。
「いや、おおけに。そうなったら、わいも一生一代の人力で、えらい晴
前へ
次へ
全195ページ中186ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング