次郎は笑って、
「それなら、今夜はまあ、気を利かせて貰うことにして、明日からずっとこの家へ来てもらいまっせ。もうそろそろお祖父やんにも隠居して貰わんならん、なあ、君枝」
すると、他吉[#「他吉」は底本では「他君」と誤記]はあわてて手を振った。
「阿呆なこと言いな。わいはまだまだ隠居する歳やあれへん。此間《こないだ》も言うた通り、わいは明日の日にでも発って、マニラへ行こ思てるねん。君枝の身体ももうちゃんとかたづいたし、思い残すところはない。ベンゲットの他あやんも到頭本望とげて、マニラで死ねるぞ」
振った手を握りしめると、痛々しく静脈が浮き上った。それをちらと眼に入れて、次郎は、
「何言うたはりまんねん。そらお祖父やんがマニラへ行きたい気イはわかるけど、その歳でひとりマニラまで行けるもんですか? なあ、〆さん」
「当りきや」
「それに、お祖父やん、昔とちごて、こんな時局になったら、日本人がおいそれとたやすく比律賓へ渡れますかいな。移民法もなかなかむつかしいし……」
「ベンゲットの他あやんが比律賓へ行けんいう法があるかい」
「あるかい言うたかて、法律がそうなってるんやから、仕方ない。嘘や
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