か、ひとり者の〆団治がこそこそ夜食をたべているのが、障子にうつっていた。
 学校での君枝は出来がわるく、教場で他所見ばかししていた。
「佐渡島サン! ソンナニ外ガ見タカッタラ、教場ノ外ヘ出テイナサイ」
 窓の外へ立たされて、殊勝らしくじっとうつむいていた顔をひょいとあげると、先生は背中を向けて黒板に字を書いていた。
 書き終った先生が、可哀想だから、教場の中へ入れてやろうと、窓の外を見た時には、もう君枝の姿は見えなかった。
 驚いた先生が教場を飛びだし、あちこち探すと、講堂の隅の柱にしょんぼり凭れて、君枝は居睡っていた。
 壁にはいつの間に描いたのか、丸まげに結った女と、シルクハット姿の男の顔が茶色の色鉛筆で描いてあり、それぞれ、
「君チャンノオカアチャン」
「君チャンノオトウチャン」
 と、右肩下りの字で説明がついていた。
 間もなく、進級式があった。
 賞品をかかえて、校門から出て来る君枝の姿を、空の俥をひいて通り掛った他吉が見つけた。
「褒美もろたんか、えらかったな、休まん褒美か、勉強の褒美か?」
 毎朝学校へ行くのをいやがり、長願寺の門前で年中甘酒の屋台を出している甘酒屋の婆さんに時々背負って行ってもらうくらい故、休まん褒美を貰える筈がない、してみると、勉強のよく出来た褒美だろうかと、相好くずして寄って行くと、
「違うねん」
 君枝はぼそんと言い、実は病気で休んでいる近所の古着屋の娘の賞品を、ことづかって来たのだった。
 古着屋の娘は一学期出たきりで、ずっと学校を休んで薄暗い奥の部屋でねているのだが、父親が町内の有力者で、学務委員もしていた。
 その夜、他吉はきびしく君枝を叱りつけた。
「ほんまに情けない奴ちゃな。どない言うてええやろ。げんくその悪い。自分が優等にもならんと、よその子の褒美うれしそうに預って来る阿呆が、どこの世界にある? 阿呆んだら! ちっとは恥かしいいうことを知らんかい。来年からきっと優等になるんやぜ。えッ? 優等になるなあ。なれへんか。どっちや。返辞せんか」
「わて優等みたいなもんようならん。それよか空気草履買うてんか。よそのお子皆空気草履はいたアる」
「阿呆んだら。何ちゅう情けない子や、お前は。こっちイ来い。灸[#「灸」は底本では「炙」となっている]《やいと》すえたるさかい」
 掴まえて無理矢理裸かにし、線香に火をつけていると、君枝はわ
前へ 次へ
全98ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング