っと泣きだした。
「堪忍や。堪忍や」
 その声に、〆団治がのそっとはいって来て、
「他あやん、お前なに泣かしてるねん?」
「灸[#「灸」は底本では「炙」となっている]すえたろと思たら、お前、泣きだしよったんや」
「当り前や。どの世界にお前、灸[#「灸」は底本では「炙」となっている]すえられて、泣かん子があるかい。大人のわいでも涙出るがな、だいいちまた、すえるにことかいて灸[#「灸」は底本では「炙」となっている]すえる奴があるかい」
「ほな、なにをすえたら良えねん?」
「さいな」
 〆団治はちょっと考えて、
「――阿呆! 嬲りな。だいたいおまはんは、人の背中ちゅうもんを粗末にするくせがあっていかん。男のおまはんなら、背中になにがついてても良えとせえ。しかし、女の子の背中に灸[#「灸」は底本では「炙」となっている]の跡つけてみイ、年頃になって、どない恨まれるか判れへんぜ。難儀な男やなあ」
「そない言うたかて、お前、まあ、聴いてくれ、笹原の小伜も古着屋の子も、みな優等になってんのに、この子はなんにも褒美もろて来よれへんねん。こんな不甲斐性者《がしんたれ》あるやろか」
「そない皆褒美もろたら、だいいち学校の会計くるうがな。だいたいお祖父やんのお前が読み書きのひとつもよう出来んといて、孫が勉強あかんいうて、怒る奴があるかい。なあ、君ちゃん他あやんちょっとも字イ教《おせ》て[#底本では「教《おし》て」となっている]くれへんやろ?」
 〆団治に言われると、君枝は一そう真赤な声で泣きだした。
「泣きな、泣きな。君ちゃん、今晩はおっさんとこで一しょに寝よ。こんな鬼爺のとこで寝たら、どえらい目に会わされるぜ。さあ、行こ、行こ」
 他吉は〆団治がそう言って君枝を連れて行くのを、とめようとする元気もなかった。
 やっぱり里子にやったり、自分の手ひとつで育てて来たのが間ちがいだったかと、げっそりして坐っていると、ふと火をつけたままの線香を握っているのに気がついた。
 他吉はそれを手製の仏壇のところへ持って行った。
 そこには、新太郎の位牌があった。
 燈明をあげて、じっとそれを見つめていると、このまま君枝をどこぞへ遣って、マニラへ行き、新太郎の墓へ詣ってみたいという気持がしみじみ来た。
 隣りから、法華の〆団治が、
「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経!」
 と、寒行の口調で唱っているのがきこえ
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