の散財を決心して、随いてはいった。
向い合って、腰を掛けると、元子は喋り続けた。
「ほんまに奢ってもらうし。――というのはな、今日あんたがあの質屋へ行ってちょっとしてから、主任さんとこイ御寮人さんから電話が掛って来たそうやねん」
「ふーん」
「頼りない返辞やな。聴いてんのんか、あんた。よう聴きぜや。その電話いうのがね――今日はわざわざ寄越していただいて、ありがとう、いずれお礼かたがた挨拶に伺うけど、ほんまに思った以上の良い娘さんで、すっかり感心したちゅうて、掛って来たんやし」
「嘘ばっかし」
「そない照れんかてええやないの。ああ、あんたはええな。質屋いうたら、あんた、お金が無かったら、でけん商売やろ? もうじきあんたはお金持ちの奥さんや。ええなあ。うち、入れに行ったら、沢山《ぎょうさん》貸してや。いまから頼んどくし」
そこで元子は声をひそめ、
「――ここでの話やけどな、うちの恋人新聞記者やけど、月給四十円しか貰《もろ》てへんねん。情けない話や。うちあんたの知ってるように月一円五十銭の回覧雑誌とってるやろ。それ貸したげたらね、うちの恋人なんぼ言うても、平気な顔してかえしてくれへんね。ほかの雑誌ともうじき交換せんならんのに、困ってんのに、かえしてくれへんとこ見たら、どうやら、古本屋へ売ってしもたんとちがうやろか思て、うちもう腹が立つやら、情けないやら……そこイ行くと、あんたはほんまにええな。ええとこから貰い手があるし、……」
君枝はそんな元子の愚痴がおかしくてならなかった。
かつて君枝は結婚のことなど想ってみたことがなく、げんにそういう話が自分に起っていることも、実感として来ないのだ。
自分ももうそんな年頃かと、ふと心の姿勢がかたくなることはなるのだが、しかし、自分が嫁入ってしまえば、あとに残った祖父はどうなるかと、この想いが強く、それでなにもかも打ち消されてしまうのだ。
それに、彼女の周囲には、朝日軒の娘たちがいる。
文字通り、彼女には縁遠い話だった。
「ちっともええことあれへんわ」
君枝は味もそっけも無さそうに言った。
「なんぜやのん?」
「うち、お嫁入りみたいなもんせえへん」
そういう君枝の気持は元子には判らなかった。
「へえ? そらまたなんぞやのん? 気に入らへんの? あそこの息子さん感じわるいのん?」
ひとりで決めて、
「――そう言えば、そ
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