かしいが、とにかく倅の思っている娘さんがどんなひとであるか、母親の責任としても知って置きたいという気持、……これは判っていただけると思うが、それについて、お頼みというのは、実は君枝さんの印象は一二度消毒に来られたから知っているものの、なんといってもおぼろげであるから、一度明日にでもうちへ寄越して貰えないか、――いえ、なに試験だとか、見合いだとか、そんな改まった大袈裟なものじゃなく、ほんのただ、いつものように働いていられる姿をちょっと見たいだけ、だから、君枝さんにはこのことは今のところ内密にしていただきたい云々。
「……そこで、あんたが今日わざわざ派遣されたいうわけやねん」
寺田町から天王寺西門前まで並んで歩きながら、元子はひとりで喋った。
「そうオ?」
自分の知らぬ間にそんな話が起っていたのかと、君枝はどきんと胸騒いで、二十歳という年齢が改めてくすぐったく想いだされたが、あまい気持はなかった。
むしろ、なにか欺された気持が強かった。質屋の御寮人から執拗くいろんなことを問い訊されたことも、いやな気持で想い出された。
「そいで、行ってみて、どやったの?」
元子は主任と同じようなことを訊いた。
「――どんな息子さんだったの?」
「さあ……?」
母親に似て変に蒼い顔をした若い男が、長火鉢の前で新聞をあっちこっちひっくりかえしながら、そわそわうかがうようにこっちを見ていたことだけ、記憶しているが、それも随分漠然とした印象だったから、
「――どんな人か知らん。うちなんにも考えてへんかったもの」
さすがに赧くなりながら、わりに正直に答えると元子は肱で君枝を突いた。
「あんた頼りないお子やなあ。敵の陣地へ飛び込んで、ぼやぼやしてたら、あかへんし。もっとしっかりしイぜ」
自分だったら、すくなくとも、主任から行けと言われた時にぴんと来て、どんな学校を出た男か、教養があるかないか、ネクタイのこのみがどうかまで、一眼でちゃんと見届けてやるんだと、二十五歳の元子は、分厚い唇をとがらし、元子は実科女学校へ二年まで行ったのが自慢の、どちらかといえば醜い女であった。
喫茶店の前まで来ると、
「あんた、ちょっと珈琲のんで行けへん? 今日は奢ってもらわな損や」
元子が言い、さきに立ってはいった。
君枝はちらっと他吉の顔を想い泛べたが、贅沢といっても、月に一度だからと珈琲二杯分三十銭
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