字が話題に上った。彼はきっと、それは太陽《サン》に接吻《キッス》されたという意味だと主張した。カリフォルニヤはいつも明るい空の下に、果物がいっぱい実っている。あすこに君によく似たクララが、元気に、男の心の中に咲いた春の花片を散らしている。――貞操を置き忘れたカメレオンのように、陽気で憂鬱で、……
 すると、シイカがきゅうに、ちょうど食べていたネーブルを指さして、どうしてこれネーブルって言うか知ってて? と訊《き》いた。それは伊太利《イタリー》のナポリで、……と彼が言いかけると、いいえ違ってよ。これは英語の navel、お臍《へそ》って字から訛《なま》ってきたのよ。ほら、ここんとこが、お臍のようでしょう。英語の先生がそう言ったわよ、とシイカが笑った。アリストテレスが言ったじゃないの、万物は臍を有す、って。そして彼女の真紅な着物の薊《あざみ》の模様が、ふっくらとした胸のところで、激しい匂いを撒《ま》き散らしながら、揺れて揺れて、……こんなことを想いだしていたとてしかたがなかった。彼は何をしにこんな夜更《よふけ》、新聞社の屋上に上ってきたのだったか。
 彼はプロマイドを蔵《しま》うと、そっと
前へ 次へ
全40ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
池谷 信三郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング