た。
彼は万年筆をとりだすと、プログラムの端へ急いで書きつけた。
(失礼ですが、あなたはシイカをほんとに愛しておいでですか?)
プログラムはそっと対手《あいて》の男の手に渡された。男はちょっと顔を近寄せて、すかすようにしてそれを読んでから、同じように万年筆をとりだした。
(シイカは愛されないことが愛されたことなのです。)
――まあ、何? 二人で何を陰謀をたくらんでいるの?
シイカがクツクツと笑った。プログラムは彼女の膝の上を右へ左へ動いた。
(そんな無意義なパラドックスで僕を愚弄《ぐろう》しないでください。僕は奮慨しているんですよ。)
(僕の方がよっぽど奮慨してるんですよ。)
(あなたはシイカを幸福にしてやれると思ってますか。)
(シイカを幸福にできるのは、僕でもなければ、またあなたでもありません。幸福は彼女のそばへ近づくと皆んな仮面を冠ってしまうのです。)
(あなたからシイカの事を説明していただくのは、お断りしたいと思うのですが。)
(あなたもまた、彼女を愛している一人なのですか。)
――うるさいわよ。
シイカがいきなりプログラムを丸めてしまった。舞台の上では轟然たる一発の銃
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