た再び得がたい三千有余の珍らしい玩具や、江戸の貴重な資料を全部焼失したが、別して惜しいとは思わない。虚心坦懐《きょしんたんかい》、去るものを追わず、来るものは拒まずという、未練も執着もない無碍《むがい》な境地が私の心である。それ故私の趣味は常に変遷転々《へんせんてんてん》として極まるを知らず、ただ世界に遊ぶという気持で、江戸のみに限られていない。私の若い時代は江戸趣味どころか、かえって福沢諭吉先生の開明的な思想に鞭撻《べんたつ》されて欧化に憧れ、非常な勢いで西洋を模倣し、家の柱などはドリックに削《けず》り、ベッドに寝る、バタを食べ、頭髪までも赤く縮《ちぢ》らしたいと願ったほどの心酔ぶりだった。そうはいえ私は父から受け継いだのか、多く見、多く聞き、多く楽しむという性格に恵まれて、江戸の事も比較的多く見聞きし得たのである。それもただ自らプレイする気持だけで、後世に語り伝えようと思うて研究した訳ではないが、お望みとあらばとにかく漫然であるが、見聞の一端を思い出づるままにとりとめもなくお話して見よう。
       ◇
 古代からダークとライトとは、文明と非常に密接な関係を持つもので、文明はあ
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