共に賞美され、私たちの子供の時分には、日本橋横山町二丁目の鍵屋《かぎや》という花火屋へせっせと買いに通ったものである。
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 芝居について見るも、今日の如く照明の発達した明るい中で演ずるのではなく、江戸時代は全くの暗闇で芝居しているような有様であったので、昔は面《つら》あかりといって長い二間もある柄のついたものを、役者の顔前に差出して芝居を見せたもので、なかなか趣きがあった。人形芝居にしても、今日は明るいためにかえって人形遣いの方が邪魔になってよほど趣きを打壊すが、昔は暗い上に八つ口だけの赤い、真黒な「くろも」というものを着附けていたので目障《めざわ》りではなかった。あるいは木魚《もくぎょ》や鐘を使ったり、またバタバタ音を立てるような種々の形容楽器に苦心して、劇になくてはならない気分を相応に添えたものである。芝居の時間も長くはね[#「はね」に傍点]は十二時過ぎから一時過ぎに及び、朝も暗い中《うち》から押《おし》かけて行くという熱心さで、よく絵に見かける半身を前に乗り出すようにして行く様があるが、どんなに一生懸命であったかを実証している。
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 昔はまた役者の簪《かんざし》とか、紋印がしてある扇子《せんす》や櫛《くし》などを身に飾って狂喜したものだ。で役者の方でも、狂言に因《ちな》んだ物を娘たちに頒《わか》って人気を集めたもので、これを浅草の金華堂《きんかどう》とかいうので造っていた。当時の五代目菊五郎の人気などは実に素晴らしいもので、一丁目の中村座を越えてわざわざ市村座へ通う人も少くなかった。
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 前述もしたように、とにかく江戸時代は暗かった。だが文明は光を伴うものである。我国には古くから八間という燈《あかり》があった。これは寺院などに多くあるもので、実際は八間はなかったが、かなり大きいのでこの名がある。また当時よく常用されたものに蝋台《ろうだい》がある。これは蝋燭《ろうそく》を灯すに用い多く会津《あいづ》で出来た、いわゆる絵ローソクを使ったもので、今日でも東本願寺など浄土宗派のお寺ではこれを用いている。中には筍形《たけのこがた》をしたのもあった。また行燈に入れるものに「ひょうそく」というものを用いた。それから今でも奥州方面の山間へ行くとある「でっち」というものが使われた。それは松脂《まつやに》の蝋で練《ね》り固めたもので、これに類似した田行燈というものを百姓家では用いた。これは今でも一《いち》の関《せき》辺へ行くと遺《のこ》っている。
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 支那から伝来して来た竹紙《ちくし》という、紙を撚合《よりあわ》せて作った火縄《ひなわ》のようなものがあったが、これに点火されておっても、一見消えた如くで、一吹きすると火を現わすのでなかなか経済的で、煙草の火附《ひつけ》に非常に便利がられた。また明治の初年には龕燈提灯《がんどうちょうちん》という、如何に上下左右するも中の火は常に安定の状態にあるように、巧《たくみ》に造られたものがあったが、現に熊本県下にはまだ残存している。また当時の質屋などでは必らず金網のボンボリを用いた。これはよそからの色々な大切なものを保管しているので、万一を慮《おもんぱ》かって特に金網で警戒したのである。
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 明治時代のさる小説家が生半可《なまはんか》で、彼の小説中に質屋の倉庫に提灯を持って入ったと書いて識者の笑いを招いた事もある。越えて明治十年頃と思うが、始めて洋燈《ランプ》が移入された当時の洋燈は、パリーだとか倫敦辺《ロンドンあたり》で出来た舶来品で、割合に明《あかる》いものであったが、困ることには「ほや」などが壊《こわ》れても、部分的な破損を補う事が不可能で、全部新規に買入れねばならない不便があった。石油なども口を封蝋《ふうろう》で缶《かん》してある大きな罎入《かめいり》を一缶《ひとかん》ずつ購《もと》めねばならなかった。
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 そんな具合でランプを使用する家とては、ほんの油町に一軒、人形町に一軒、日本橋に一軒という稀《まれ》なものであったが、それが瓦斯燈《ガスとう》に変り、電燈に移って今日では五十|燭光《しょっこう》でもまだ暗いというような時代になって、ランプさえもよほどの山間僻地《さんかんへきち》でも全く見られない、時世の飛躍的な推移は驚愕《きょうがく》の外はない。瓦斯の入来したのは明治十三、四年の頃で、当時|吉原《よしわら》の金瓶大黒という女郎屋の主人が、東京のものを一手に引受けていた時があった。昔のものは花瓦斯といって焔の上に何も蔽《おお》わず、マントルをかけたのは後年である。
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 江戸から東京への移り変りは全く躍進的で、総てが全く隔世《かくせい》の転換をしている。この向島も全く昔の俤《おもかげ》は失
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