いたいと思っていましたから……」
「それではお目にかかる事が出来る縁を待ちましょうね。」
「ほんとうに、そうです。貴女も今言ったように、くよくよ為《し》ないで、身体を大事にお暮しなさい。」
「難有《ありがと》う御座います。」
 夜の更くるを恐れて二人は後へ返し、渓流《たにがわ》に渡せる小橋の袂まで帰って来ると、橋の向うから男女《なんにょ》の連れが来る。そして橋の中程ですれちがった。男は三十五六の若紳士、女は庇髪《ひさしがみ》の二十二三としか見えざる若づくり、大友は一目見て非常に驚いた。
 足早に橋を渡って、
「お正さんお正さん。彼《あ》れです。彼《あ》の女です!」
「まア、彼の人ですか!」とお正も吃驚《びっくり》して見送る。
「如何《どう》して又、こんな処で会ったろう。彼女《あれ》も必定《きっと》僕と気が着《つ》いたに違いない。お正さん僕は明日朝|出発《たち》ますよ。」
「まア如何《どう》して?」
「若し彼女《あれ》が大東館にでも宿泊っていたら、僕と白昼|出会《でっく》わすかも知れない、僕は見るのも嫌です。往来で会うかも知れません如斯《こん》な狭い所ですから。」
「会っても知らん顔して
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