起きている者といえばこの座敷の真ん中で、差し向かいで話している二人の客ばかりである。戸外《そと》は風雨の声いかにもすさまじく、雨戸が絶えず鳴っていた。
『この模様では明日《あした》のお立ちは無理ですぜ。』
と一人が相手の顔を見て言った。これは六番の客である。
『何、別に用事はないのだから明日《あした》一日くらいここで暮らしてもいいんです。』
二人とも顔を赤くして鼻の先を光らしている。そばの膳《ぜん》の上には煖陶《かんびん》が三本乗っていて、杯《さかずき》には酒が残っている。二人とも心地よさそうに体《からだ》をくつろげて、あぐらをかいて、火鉢を中にして煙草を吹かしている、六番の客は袍巻《かいまき》の袖《そで》から白い腕を臂《ひじ》まで出して巻煙草の灰を落としては、喫《す》っている。二人の話しぶりはきわめて卒直であるものの今宵《こよい》初めてこの宿舎《やど》で出合って、何かの口緒《いとぐち》から、二口三口|襖越《ふすまご》しの話があって、あまりのさびしさに六番の客から押しかけて来て、名刺の交換が済むや、酒を命じ、談話《はなし》に実が入って来るや、いつしか丁寧な言葉とぞんざい[#「ぞんざい
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