どこかに気むずかしいところが見えている。しかし正直なお爺《やじ》さんだなと客はすぐ思った。
客が足を洗ッてしまッて、まだふききらぬうち、主人《あるじ》は、
『七番へご案内申しな!』
と怒鳴ッた。それぎりで客へは何の挨拶《あいさつ》もしない、その後ろ姿を見送りもしなかった。真っ黒な猫《ねこ》が厨房《くりや》の方から来て、そッと主人《あるじ》の高い膝《ひざ》の上にはい上がって丸くなった。主人《あるじ》はこれを知っているのかいないのか、じっと目をふさいでいる。しばらくすると、右の手が煙草箱《たばこいれ》の方へ動いてその太い指が煙草を丸めだした。
『六番さんのお浴湯《ゆ》がすんだら七番のお客さんをご案内申しな!』
膝の猫がびっくりして飛び下《お》りた。
『ばか! 貴様《きさま》に言ったのじゃないわ。』
猫はあわてて厨房《くりや》の方へ駆けていってしまった。柱時計がゆるやかに八時を打った。
『お婆《ばあ》さん、吉蔵が眠そうにしているじゃあないか、早く被中炉《あんか》を入れてやってお寝かしな、かわいそうに。』
主人《あるじ》の声の方が眠そうである、厨房《くりや》の方で、
『吉蔵はここで本
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