渡り、路を間違えたりしてようやく日中《おひる》時分に絶頂近くまで登り、噴火口に達したのは一時過ぎでもあッただろうか。熊本地方は温暖であるがうえに、風のないよく晴れた日だから、冬ながら六千尺の高山もさまでは寒く感じない。高嶽《たかたけ》の絶頂《いただき》は噴火口から吐き出す水蒸気が凝って白くなっていたがそのほかは満山ほとんど雪を見ないで、ただ枯れ草白く風にそよぎ、焼け土のあるいは赤きあるいは黒きが旧噴火口の名残《なごり》をかしこここに止めて断崖《だんがい》をなし、その荒涼たる、光景は、筆も口もかなわない、これを描くのはまず君の領分だと思う。
『僕らは一度噴火口の縁《ふち》まで登って、しばらくはすさまじい穴をのぞき込んだり四方の大観をほしいままにしたりしていたが、さすがに頂《いただき》は風が寒くってたまらないので、穴から少し下《お》りると阿蘇神社があるそのそばに小さな小屋があって番茶くらいはのませてくれる、そこへ逃げ込んで団飯《むすび》をかじって元気をつけて、また噴火口まで登った。
『その時は日がもうよほど傾いて肥後の平野《へいや》を立てこめている霧靄《もや》が焦げて赤くなってちょうどそこ
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