水を切って進行するにつれて、霞《かすみ》たなびく島々を迎えては送り、右舷《うげん》左舷《さげん》の景色《けしき》をながめていた。菜の花と麦の青葉とで錦《にしき》を敷いたような島々がまるで霞の奥に浮いているように見える。そのうち船がある小さな島を右舷に見てその磯《いそ》から十町とは離れないところを通るので僕は欄に寄り何心《なにげ》なくその島をながめていた。山の根がたのかしこここに背の低い松が小杜《こもり》を作っているばかりで、見たところ畑《はた》もなく家らしいものも見えない。しんとしてさびしい磯の退潮《ひきしお》の痕《あと》が日に輝《ひか》って、小さな波が水際《みぎわ》をもてあそんでいるらしく長い線《すじ》が白刃《しらは》のように光っては消えている。無人島《むにんとう》でない事はその山よりも高い空で雲雀《ひばり》が啼《な》いているのが微《かす》かに聞こえるのでわかる。田畑ある島と知れけりあげ雲雀、これは僕の老父《おやじ》の句であるが、山のむこうには人家があるに相違ないと僕は思うた。と見るうち退潮《ひきしお》の痕《あと》の日に輝《ひか》っているところに一人の人がいるのが目についた。たしかに
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