三人は一度に「ハッハッハッ……」と笑った。富岡老人|釣竿《つりざお》を投出《なげだ》してぬッくと起上《たちあ》がった。屹度《きっと》三人の方を白眼《にらん》で「大馬鹿者!」と大声に一喝《いっかつ》した。この物凄《ものすご》い声が川面《かわづら》に鳴り響いた。
 対岸《むこう》の三人は喫驚《びっくり》したらしく、それと又気がついたかして忽《たちま》ち声を潜《ひそ》め大急ぎで通り過ぎて了《しま》った。
 富岡老人はそのまま三人の者の足音の聞こえなくなるまで対岸《むこう》を白眼《にら》んでいたが、次第に眼を遠くの禿山《はげやま》に転じた、姫小松《ひめこまつ》の生《は》えた丘は静に日光を浴びている、その鮮《あざ》やかな光の中にも自然の風物は何処《どこ》ともなく秋の寂寥《せきりょう》を帯びて人の哀情《かなしみ》をそそるような気味がある。背の高い骨格の逞《たく》ましい老人は凝然《じっ》と眺《なが》めて、折り折り眼をしばだたいていたが、何時《いつ》しか先きの気勢にも似ずさも力なさそうに細川繁を振向いて
「オイ貴公《おまえ》この道具を宅《うち》まで運こんでおくれ、乃公《おれ》は帰るから」
 言い捨て
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