性情は益々《ますます》荒れて来て、それが慣《なら》い性《せい》となり遂には煮ても焼ても食えぬ人物となったのである、であるから老先生の心底《しんてい》には常に二個《ふたり》の人が相戦っておる、その一人は本来自然の富岡|氏《うじ》、その一人はその経歴が造った富岡先生。そして富岡先生は常に猛烈に常に富岡氏を圧服するに慣れている、その結果として富岡氏が希望し承認し或は飛びつきたい程に望んでいることでも、あの執拗《ひねく》れた焦熬《いらいら》している富岡先生の御機嫌《ごきげん》に少しでも触《さわ》ろうものなら直ぐ一撃のもとに破壊されて了《しま》う。この辺のところは御存知でもあろうが能《よ》く御注意あって、十分|機会《おり》を見定めて話して貰いたい。
 という意味を長々と熱心に書いてある。村長は委細を呑込《のみこ》んで、何卒《どうか》機会《おり》を見て甘《うま》くこの縁談を纏《まと》めたいものだと思った。
 三日ばかり経《た》って夜分村長は富岡老人を訪《と》うた。機会《おり》を見に行ったのである。然るに座に校長細川あり、酒が出ていて老先生の気焔《きえん》頗《すこぶ》る凄《すさ》まじかったので長居《
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