さん》を高山に押付ける積りだろう、可《い》いサ高山もお梅|嬢《さん》なら兼て狙《ねら》っていたのだから」
「そうかしらん?」と細川の声は慄《ふる》えている。
「そうとも! それで大津の鼻をあかしてやろうと言うんだろう、可いサ、先生も最早《もう》あれで余程《よほど》老衰《よわっ》て御坐るから早くお梅|嬢《さん》のことを決定《きめ》たら肩が安まって安心して死ねるだろうから」 
 村長は理の当然を平気で語った。一つには細川に早く思いあきらめさしたい積りで。
「全くそうだ、先生も如彼《ああ》見えても長くはあるまい!」と力なさそうに言って校長は間もなく村長の宅《うち》を辞した。
 憐《あわれ》むべし細川繁! 彼は全く失望して了って。その失望の中には一《いつ》の苦悩が雑《まじ》っておる。彼は「我もし学士ならば」という一念を去ることが出来ない。幼時は小学校に於《おい》て大津も高山も長谷川も凌《しの》いでいた、富岡の塾でも一番出来が可《よ》かった、先生は常に自分を最も愛して御坐った、然るに自分は家計の都合で中学校にも入《い》る事が出来ず、遂に官費で事が足りる師範学校に入って卒業して小学教員となった。天
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