った。
騒ぎ疲《くた》ぶれて衆人《みんな》散々《ちりぢり》に我家へと帰り去り、僕は一人桂の宅《うち》に立寄った。黙って二階へ上がってみると、正作は「テーブル」に向かい椅子《いす》に腰をかけて、一心になって何か読んでいる。
僕はまずこの「テーブル」と椅子のことから説明しようと思う。「テーブル」というは粗末な日本机の両脚の下に続台《つぎだい》をした品物で、椅子とは足続《あしつ》ぎの下に箱を置いただけのこと。けれども正作はまじめでこの工夫をしたので、学校の先生が日本流の机は衛生に悪いといった言葉をなるほどと感心してすぐこれだけのことを実行したのである。そしてその後つねにこの椅子テーブルで彼は勉強していたのである。そのテーブルの上には教科書その他の書籍を丁寧《ていねい》に重ね、筆墨《ひつぼく》の類までけっして乱雑に置いてはない。で彼は日曜のいい天気なるにもかかわらず何の本か、脇目《わきめ》もふらないで読んでいるので、僕はそのそばに行って、
「何を読んでいるのだ」といいながら見ると、洋綴《ようとじ》の厚い本である。
「西国立志編《さいこくりっしへん》だ」と答えて顔を上げ、僕を見たその眼《まな
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