の底にあれど、ようするに彼は紳士の子、それが下等社会といっしょに一膳《いちぜん》めし[#「めし」に傍点]に舌打ち鳴らすか、と思って涙ぐんだのではない。けっしてそうではない。いやいやながら箸《はし》を取って二口三口食うや、卒然、僕は思った、ああこの飯はこの有為《ゆうい》なる、勤勉なる、独立自活してみずから教育しつつある少年が、労働して儲《もう》けえた金で、心ばかりの馳走《ちそう》をしてくれる好意だ、それを何ぞやまずそうに食らうとは! 桂はここで三度の食事をするではないか、これをいやいやながら食う自分は彼の竹馬の友といわりょうかと、そう思うと僕は思わず涙を呑んだのである。そして僕はきゅうに胸がすがすがして、桂とともにうまく食事をして、縄暖簾《なわのれん》を出た。
その夜二人で薄い布団《ふとん》にいっしょに寝て、夜の更《ふ》けるのも知らず、小さな豆ランプのおぼつかない光の下《もと》で、故郷《くに》のことやほかの友の上のことや、将来《ゆくすえ》の望みを語りあったことは僕今でも思い起こすと、楽しい懐《なつか》しいその夜の様《さま》が眼の先に浮かんでくる。
その後、僕と桂は互いに往来していたが
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