北の八番の唐紙《からかみ》をすっとあけると中に二人《ふたり》。一人は主人の大森|亀之助《かめのすけ》。一人は正午《ひる》前から来ている客である。大森は机に向かって電報用紙に万年筆《まんねんぴつ》で電文をしたためているところ、客は上着を脱いでチョッキ一つになり、しきりに書類を調べているところ、煙草盆《たばこぼん》には埃及煙草《エジプト》の吸いがらがくしゃくしゃに突きこんである。
大森は名刺を受けとってお清の口上をみなまで聞かず、
「オイ君、中西が来た!」
「そしてどうした?」
「いま君が聞いたとおりサ、留守だと言って帰したのだ。」
「そいつは弱った。」
「彼奴《きゃつ》一週間後でなければ上京《で》られないと言って来たから、帳場に彼奴《きゃつ》のことを言っておかなかったのだ。まアいいサ、上京《で》て来てくれたに越したことはない。これから二人で出かけよう。」
頭の少しはげた、でっぷりとふとった客は「ウン」と言ったぎり黄金縁《きんぶち》めがねの中で細い目をぱちつかして、鼻下《びか》のまっ黒なひげを右手《めて》でひねくりながら考えている。それを見て大森は煙草《たばこ》を取って煙草盆をつつきな
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