い。たゞ左右《さいう》の斷崕《だんがい》と其間《そのあひだ》を迂回《うね》り流《なが》るゝ溪水《たにがは》ばかりである。瀬《せ》を辿《たど》つて奧《おく》へ奧《おく》へと泝《のぼ》るに連《つ》れて、此處彼處《こゝかしこ》、舊遊《きういう》の澱《よどみ》の小蔭《こかげ》にはボズさんの菅笠《すげがさ》が見《み》えるやうである。嘗《かつ》てボズさんと辨當《べんたう》を食《た》べた事《こと》のある、平《ひらた》い岩《いは》まで來《く》ると、流石《さすが》に僕《ぼく》も疲《つか》れて了《しま》つた。元《もと》より釣《つ》る氣《き》は少《すこ》しもない。岩《いは》の上《うへ》へ立《たつ》てジツ[#「ジツ」に傍点]として居《ゐ》ると寂《さび》しいこと、靜《しづ》かなこと、深谷《しんこく》の氣《き》が身《み》に迫《せま》つて來《く》る。
暫時《しばら》くすると箱根《はこね》へ越《こ》す峻嶺《しゆんれい》から雨《あめ》を吹《ふ》き下《おろ》して來《き》た、霧《きり》のやうな雨《あめ》が斜《なゝめ》に僕《ぼく》を掠《かす》めて飛《と》ぶ。直《す》ぐ頭《あたま》の上《うへ》の草山《くさやま》を灰色《はひい
前へ
次へ
全11ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング