ばい》したらしい、やっぱり六十余りの老人である。
「まアお掛けなさい。そしてその後はどうしました。」
「イヤもうお話にも何にもなりません。」と、腰をおろしながら、
「相変わらずで面目次第もないわけです。」とごま白の乱髪《らんぱつ》に骨太の指を熊手形《くまでがた》にさしこんで手荒くかいた。
 石井翁は綿服ながら小ザッパリした衣装《なり》に引きかえて、この老人河田翁は柳原仕込《やなぎわらじこ》みの荒いスコッチの古洋服を着て、パクパク靴《ぐつ》をはいている。
「でも何かしておられるだろう。」と石井翁はじろじろ河田翁の様子を見ながら聞いた。そして腹の中で、「なるほど相変わらずだな」と思った。
「イヤとてもお話にもなんにも……」とやっぱり頭をかいていたがポケットから鹿皮《しかがわ》のまっ黒になった煙草入《たばこい》れとひしゃげた鉈豆煙管《なたまめぎせる》とを取り出した。ところがあいにくと煙草はごみまじりの粉ばかり、そのまままたポケットにしまいこんだのを見て、石井翁は「朝日」を袋とも出して、
「サアおすいなさい。」
「イヤこれはどうも」と河田翁は遠慮なく一本ぬき取って、石井翁から火を借りた。
 こ
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