これで武はまたも撃退されてしまったのである。
下
さて石井翁は煙草《たばこ》一本すいおわったところでベンチを立とうとしたが徳の遊食罪悪説がちょっと気にかかりだしたので、また一本取り出してすい初めた。徳の本心を見ぬいている。そして仙人説で撃退はしたものの、なるほど、まだぴんしゃん[#「ぴんしゃん」に傍点]しているのにただ遊んで食うているというのはほめたことではないように思われる。それなら何をする。腰弁はまっぴらだ。いなかに行って百姓でもするか。こいつはいいかも知れんがさし当たって田地がない。翁は行きづまってしまったので、仙人主義を弁護する理屈に立ち返ってしきりと考えこんでいると、どしり[#「どしり」に傍点]とばかり同じベンチに身を投げるように腰をおろした者がある。振り向いて見るや、
「オヤ河田《かわだ》さんじゃないか。」
先方は全く石井翁に気がつかなかったものと見えて、翁に声をかけらるるといきなり飛びたって帽をとり、
「コレはコレは石井さんですか、あなたとはまるきり気がつかんで失礼しました。」とぺこぺこお辞儀をする。そして顔を少しあからめた様子はよほど狼狽《ろう
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