の二老人は三十歳前後のころ、ある役所で一年余り同僚であったばかりでなく、石井の親類が河田の親類の親類とかで、石井一|家《け》では河田翁のうわさは時おり出て、『今何をしているだろう』『ほんとにあんな気の毒な人はない』など言われていたのである。
「しかし遊んでもいなさらんだろうが。」と石井翁はどこまでも心配そうに聞く。
「イヤとてもお話にもなんにも……」
これが河田翁持ち前の一つで、人に対すると言いたいことも言えなくなり、つまらんところに自分を卑下してしまうのである。
「あなたがわたしの家《うち》へ来てからもう五年になるなア」と石井翁は以前の事を思い出した。
「そうなりますかね、早いものだ……。」
「あの時、あなたが、一杯きげんで『雨の夜《よ》に日本近《にっぽんぢか》くねぼけて流れこむ』をうたって踊った時はおもしろかったがね、ハ、ハヽヽヽヽ」
「ハヽヽ」といっしょに笑ったぎり、河田翁は何も言わない。そしてなんとなくそわそわ[#「そわそわ」に傍点]している。
三十の年に恩人の無理じいに屈して、養子に行き、養子先の娘の半気違いに辛抱しきれず、ついに敬太郎という男の子を連れて飛びだしてしまい
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