、その子は姉に預けて育ててもらう、それ以後は決して妻帯せず、純然たるひとり者で、とうとう六十余歳まで通して来たのが河田翁の一生である。
 このひとり者が翁の不遇の原因をなしたのか、不遇がひとり者の原因であったのか、これをわかつことはできない。
 善人で、酒もしいては飲まず、これという道楽もなく、出入交際の人々には義理を堅くしていて、そしてついに不遇で、いつもまごまごして安定の所を得ず今日《きょう》が日《ひ》に及んだ翁の運命は、不思議な事としか思えない。
 そこで石井の人々初め翁を知っている者はみな『気の毒な人だ』と言い、また不思議なことだと評している。しかし皆々言い合わしたように一致している『理由』がないのでもない。第一、河田さんはいくじがない。その証拠には、養子に行く前に深く言いかわした女があった、いよいよ養子に行くときまるや五円で帯の片側を買って、それを手切れ同様に泣く泣く別れた。第二に、案外片意地で高慢なところがあって、些細《ささい》な事に腹を立てすぐ衝突して職業から離れてしまう。第三に、妙に遠慮深いところがあること。
 なるほどそう聞かされると翁の知人どものいわゆる『理由』は多
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