少の『理由』を成している。
けれど大なる理由がまだなければならぬ。人がもし壮年の時から老人の時まで、純然たる独身生活すなわち親子兄弟の関係からも離れてただ一人、今の社会に住むなら並み大抵の人は河田翁と同様の運命に陥りはせまいか、老いてますます富みかつ栄えるものだろうか。
翁の子敬太郎は翁とまるきり無関係で育ちかつ世に立った。そして二十五六のころ、八百屋《やおや》を始めたが、まもなくよして、売卜者《うらないしゃ》になった。かつ今は行《ゆ》き方《がた》も知れない。そして見ると河田翁その人の脈※[#「月+各」、第3水準1−90−45]《みゃくらく》には、『放浪』の血が流れているのではないか。それが敬太郎へも流れこんだのではないか。
石井翁はむろんこういうことを考えて研究もせず、ただ気の毒がる仲間の一人ゆえ、どうにかして今の境遇も聞いてみたいと思い、古い事まで話題にしてみたが、河田翁は少しも引き立たない。ただそわそわ[#「そわそわ」に傍点]している。
「何時でしょうか」と河田翁は卒然聞いた。石井翁は帯の間から銀時計の大きいのを出して見て、
「三時半です」
「イヤそれじゃもう行かなきゃなら
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