ん。」と河田翁は口早に言って、急に声を潜め、あたりをきょろきょろ見回しながら、
「実はわたし、このごろある婦人会の集金係をしているのですから、毎日毎日東京じゅうをへめぐらされるので、この年ではとてもやり[#「やり」に傍点]切れなくなりました、そこでも少し楽な仕事をと頼んで歩きましたら、やっとうまい口が発見《めっか》ったんです。それは食扶持《くいぶち》いっさいむこう持ちで月給が七円だというのです、それでからだを動かすことはあまりないというんですから、さっそくそれに決めたのです。ところが、」とあたりを見回した上にさらに延び上がって近所を見回したが、一段声を潜めて「わたしは大変なことをしているんだ、とかく足らん足らんで一円二円とつかい込み、とうとう十五円ほど会の集金をつかい込んでしまったのです。サアそれもチャンと返して帳簿を整理しておかんと今のうまい口に行く事ができない。そこでこの四五日その十五円の調達にずいぶん駆け回りましたよ。やっと三十間堀《さんじっけんぼり》の野口という旧友の倅《せがれ》が、返済の道さえ立てば貸してやろうという事になり、きょう四時から五時までの間に先方で会うことになって
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