ん最早《もう》お寝み、」と客の少女は床なる九歳《ここのつ》ばかりの少年を見て座わり乍ら言って、其のにこやかな顔に笑味を湛えた。
「姉さん、氷!」と少年は額を少し挙げて泣声で言った。
「お前、そう氷を食べて好いかね。二三日前から熱が出て困って居るんですよ。源ちゃんそら氷。」
 主人の少女は小さな箱から氷の片《かけ》を二ツ三ツ、皿に乗せて出して、少年の枕頭《まくらもと》に置《おい》て、「もう此限《これぎり》ですよ、また明日《あした》買ってあげましょうねエ」
「風邪でもおひきなさったの!」と客なる少女は心配そうに言った。
「もう快々《いゝ》んですよ。熱いこと、少し開けましょねエ」と主人の少女は窓の障子を一枚開け放した。今まで蒸熱かった此|一室《ひとま》へ冷たい夜風《よかぜ》が、音もなく吹き込むと「夜風に当ると悪いでしょうよ、私《わたし》は宜いからお閉めなさいよ、」と客なる少女、少年の病気を気にする。
「何に、少しは風を通さないと善くないのよ。御用というのは欠勤届のことでしょう、」と主人の少女は額から頬へ垂れかかる髪《け》をうるさそうに撫であげながら少し体駆《からだ》を前に屈《かが》めて小声で
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