可哀そうに、やっと十五でしょう?」
「私も可哀そうでならなかったけエど、つまり私の傍に居た処が苦しいばかりだし、又た結局《つまり》あの人も暫時《しばらく》は辛《つら》い目に遇《あっ》て生育《そだ》つのですから今時分から他人の間に出るのも宜かろうと思って、心を鬼にして出してやりました、辛抱が出来ればいいがと思って、……それ源ちゃんは斯様《こんな》だし、今も彼の裁縫《しごと》しながら色々《いろん》なことを思うと悲しくなって泣きたく成《なっ》て来たから、口のうちで唱歌を歌ってまぎらしたところなの。」
「そして貴姉、矢張局にお出《いで》なさいな。その方が宜いでしょうよ。それに局に出て多忙《いそがし》い間だけでも苦労を忘れますよ」とお富は真面目にすすめた。お秀は嘆息ついて、そして淋びしそうな笑を顔に浮かべ、
「ほんに左様《そう》ですよ、人様のお話の取次をして何番々々と言って居るうちに日が立ちますからねエ」と言って「おほほほほ」と軽く笑う。「女の仕事はどうせ其様《そん》なものですわ、」とお富も「おほほほほ」と笑ッた。そしてお秀は何とも云い難《にく》い、嬉しいような、哀れなような、頼もしいような心持がした。
 兎も角も明後日《あさって》からお秀は局に出ることに話を極めてお富に約束したものの、忽ち衣類《きもの》の事に思い当って当惑した。若い女ばかり集まる処だからお秀の性質でもまさかに寝衣《ねまき》同様の衣服《きもの》は着てゆかれず、二三枚の単物は皆な質物《しち》と成っているし、これには殆ど当惑したお富は流石女同志だけ初めから気が付いていた。お秀の当惑の色を見て、
「気に障《さ》えちゃいけないことよ、あの……」
「何に、どうにか致しますよ」とお秀は少し顔を赤らめて、「おほほほほ」と笑った。
「だってお困りでしょう? 明日《あした》私が局から帰ったら母上《おっか》さんと相談して……四時頃又来ましょうよ。」
「あんまりお気の毒さまで……」
 お秀は眼に涙一杯含ませて首を垂れた。お富は何とも言い難い、悲しいような、懐かしいような心持がした。
 夜が大分更けたようだからお富は暇を告げて立ちかけた時、鈴虫の鳴く音が突然|室《へや》のうちでした。
「オヤ鈴虫が」とお富は言って見廻わした。
「窓のところに。お梅さんが先達《せんだっ》て琴平《こんぴら》で買って来たのよ、奉公に出る時|持《もっ》てゆき
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