め》と從姉妹《いとこどうし》なのである。
 午後《ごゝ》は降《ふ》り止《や》んだが晴《は》れさうにもせず雲《くも》は地《ち》を這《は》ふようにして飛《と》ぶ、狹《せま》い溪《たに》は益々《ます/\》狹《せま》くなつて、僕《ぼく》は牢獄《らうごく》にでも坐《すわ》つて居《ゐ》る氣《き》。坐敷《ざしき》に坐《すわ》つたまゝ爲《す》る事《こと》もなく茫然《ぼんやり》と外《そと》を眺《なが》めて居《ゐ》たが、ちらと僕《ぼく》の眼《め》を遮《さへぎ》つて直《す》ぐ又《また》隣家《もより》の軒先《のきさき》で隱《かく》れてしまつた者《もの》がある。それがお絹《きぬ》らしい。僕《ぼく》は直《す》ぐ外《そと》に出《で》た。
 石《いし》ばかりごろ/\した往來《わうらい》の淋《さび》しさ。僅《わづか》に十|軒《けん》ばかりの温泉宿《をんせんやど》。其外《そのほか》の百|姓家《しやうや》とても數《かぞ》える計《ばか》り、物《もの》を商《あきな》ふ家《いへ》も準《じゆん》じて幾軒《いくけん》もない寂寞《せきばく》たる溪間《たにま》! この溪間《たにま》が雨雲《あまぐも》に閉《とざ》されて見《み》る物《もの》悉《こと/″\》く光《ひかり》を失《うしな》ふた時《とき》の光景《くわうけい》を想像《さう/″\》し給《たま》へ。僕《ぼく》は溪流《けいりう》に沿《そ》ふて此《この》淋《さび》しい往來《わうらい》を當《あて》もなく歩《あ》るいた。流《ながれ》を下《くだ》つて行《ゆ》くも二三|丁《ちやう》、上《のぼ》れば一|丁《ちやう》、其中《そのなか》にペンキで塗つた橋《はし》がある、其間《そのあひだ》を、如何《どん》な心地《こゝち》で僕《ぼく》はぶらついた[#「ぶらついた」に傍点]らう。温泉宿《をんせんやど》の欄干《らんかん》に倚《よ》つて外《そと》を眺《なが》めて居《ゐ》る人《ひと》は皆《み》な泣《な》き出《だ》しさうな顏付《かほつき》をして居《ゐ》る、軒先《のきさき》で小供《こども》を負《しよつ》て居《ゐ》る娘《むすめ》は病人《びやうにん》のやうで背《せ》の小供《こども》はめそ/\と泣《な》いて居《ゐ》る。陰鬱《いんうつ》! 屈托《くつたく》! 寂寥《せきれう》! そして僕《ぼく》の眼《め》には何處《どこ》かに悲慘《ひさん》の影《かげ》さへも見《み》えるのである。
 お絹《きぬ》には出逢《であ》
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