《やど》は何方《どちら》です。』
『中西屋《なかにしや》です。』
『中西屋《なかにしや》は結構《けつかう》です、近來《きんらい》益※[#二の字点、1−2−22]《ます/\》可《い》いやうです。さうだね君《きみ》。』と兔角《とかく》言葉《ことば》の少《すく》ない鈴木巡査《すゞきじゆんさ》に贊成《さんせい》を求《もと》めた。
『さうです。實際《じつさい》彼《あ》の家《うち》が今《いま》一|番《ばん》繁盛《はんじやう》するでしよう。』と關羽《くわんう》の鈴木巡査《すゞきじゆんさ》が答《こた》へた。
先《ま》づこんな有《あ》りふれた問答《もんだふ》から、だん/\談話《はなし》に花《はな》がさいて東京博覽會《とうきようはくらんくわい》の噂《うはさ》、眞鶴近海《まなづるきんかい》の魚漁談《ぎよれふだん》等《とう》で退屈《たいくつ》を免《まぬか》れ、やつと江《え》の浦《うら》に達《たつ》した。
『サアこれから下《くだ》りだ。』と齋藤巡査《さいとうじゆんさ》が威勢《ゐせい》をつけた。
『義母《おつかさん》これから下《くだ》りですよ。』
『さう。』
『隨分《ずゐぶん》亂暴《らんばう》だから用心《ようじん》せんと頭《あたま》を打觸《ぶつけ》ますよ。』
『さうですか。』
齋藤巡査《さいとうじゆんさ》が眞鶴《まなづる》で下車《げしや》したので自分《じぶん》は談敵《だんてき》を失《うしな》つたけれど、湯《ゆ》ヶ|原《はら》の入口《いりくち》なる門川《もんかは》までは、退屈《たいくつ》する程《ほど》の隔離《かくり》でもないので困《こま》らなかつた。
日《ひ》は暮《く》れかゝつて雨《あめ》は益※[#二の字点、1−2−22]《ます/\》強《つよ》くなつた。山々《やま/\》は悉《こと/″\》く雲《くも》に埋《うも》れて僅《わづ》かに其麓《そのふもと》を現《あらは》すばかり。我々《われ/\》が門川《もんかは》で下《お》りて、更《さら》に人力車《くるま》に乘《の》りかへ、湯《ゆ》ヶ|原《はら》の溪谷《けいこく》に向《むか》つた時《とき》は、さながら雲《くも》深《ふか》く分《わ》け入《い》る思《おもひ》があつた。
底本:「定本 国木田独歩全集 第四巻」学習研究社
1971(昭和46)年2月10日初版発行
1978(昭和53)年3月1日増訂版発行
1995(平成7)年7月3日増補版発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:鈴木厚司
校正:mayu
2001年11月7日公開
2004年7月20日修正
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