て漸《やつ》と諸君《しよくん》の晝飯《ちうはん》が了《をは》り、自分《じぶん》は二|個《こ》の空箱《あきばこ》の一《ひとつ》には笹葉《さゝつぱ》が殘《のこ》り一には煮肴《にざかな》の汁《しる》の痕《あと》だけが殘《のこ》つて居《ゐ》る奴《やつ》をかたづけて腰掛《こしかけ》の下《した》に押込《おしこ》み、老婦人《らうふじん》は三|個《こ》の空箱《あきばこ》を丁寧《ていねい》に重《かさ》ねて、傍《かたはら》の風呂敷包《ふろしきづつみ》を引寄《ひきよ》せ其《それ》に包《つゝ》んで了《しま》つた。最《もつと》も左樣《さう》する前《まへ》に老人《らうじん》と小聲《こゞゑ》で一寸《ちよつ》と相談《さうだん》があつたらしく、金貸《かねかし》らしい老人《らうじん》は『勿論《もちろん》のこと』と言《い》ひたげな樣子《やうす》を首《くび》の振《ふ》り方《かた》で見《み》せてたのであつた。
此二《このふたつ》の悲劇《ひげき》が終《をわ》つて彼是《かれこれ》する中《うち》、大磯《おほいそ》へ着《つ》くと女中《ぢよちゆう》が三|人《にん》ばかり老人夫婦《としよりふうふ》を出迎《でむかへ》に出《で》て居《ゐ》て、其《その》一人《ひとり》が窓《まど》から渡《わた》した包《つゝみ》を大事《だいじ》さうに受取《うけと》つた。其中《そのなか》には空虚《からつぽ》の折箱《をり》も三ツ入《はひ》つて居《ゐ》るのである。
汽車《きしや》が大磯《おほいそ》を出《で》ると直《す》ぐ(吾等《われら》二人《ふたり》ぎりになつたので)
『義母《おつかさん》今《いま》の連中《れんちゆふ》は何者《なにもの》でしよう。』
『今《いま》のツて何《な》に?』
『今《いま》大磯《おほいそ》へ下《お》りた二人《ふたり》です。』
『さうねえ』
『必定《きつと》金貸《かねかし》か何《なん》かですよ。』
『さうですかね』
『でなくても左樣《さう》見《み》えますね』
『婆樣《ばあさん》は上方者《かみがたもの》ですよ、ツルリン[#「ツルリン」に傍点]とした顏《かほ》の何處《どつか》に「間拔《まぬけ》の狡猾《かうくわつ》」とでも言《い》つたやうな所《ところ》があつて、ペチヤクリ/\老爺《ぢいさん》の氣嫌《きげん》を取《とつ》て居《ゐ》ましたね。』
『さうでしたか』
『妾《めかけ》の古手《ふるて》かも知《し》れない。』
『貴君《あなた》も隨分《ずゐぶん》口《くち》が惡《わる》いね』とか何《なん》とか義母《おつかさん》が言《い》つて呉《く》れると、益々《ます/\》惡口雜言《あくこうざふごん》の眞價《しんか》を發揮《はつき》するのだけれども、自分《じぶん》のは合憎《あいに》く甘《うま》い言《こと》をトン/\拍子《びやうし》で言《い》ひ合《あ》ふやうな對手《あひて》でないから、間《ま》の拔《ぬ》けるのも是非《ぜひ》がない。
五
箱根《はこね》、伊豆《いづ》の方面《はうめん》へ旅行《りよかう》する者《もの》は國府津《こふづ》まで來《く》ると最早《もはや》目的地《もくてきち》の傍《そば》まで着《つ》ゐた氣《き》がして心《こゝろ》も勇《いさ》むのが常《つね》であるが、自分等《じぶんら》二人《ふたり》は全然《まるで》そんな樣子《やうす》もなかつた。不好《いや》な處《ところ》へいや/\ながら出《で》かけて行《ゆ》くのかと怪《あやし》まるゝばかり不承無承《ふしようぶしよう》にプラツトホームを出《で》て、紅帽《あかばう》に案内《あんない》されて兔《と》も角《かく》も茶屋《ちやゝ》に入《はひ》つた。義母《おつかさん》は兔《うさぎ》につまゝら[#「ら」に「ママ」の注記]れたやうな顏《かほ》つきをして、自分《じぶん》は狼《おほかみ》につまゝら[#「ら」に「ママ」の注記]れたやうに[#「に」に「ママ」の注記]顏《かほ》をして(多分《たぶん》他《ほか》から見《み》ると其樣《そんな》顏《かほ》であつたらうと思《おも》ふ)『やれ/\』とも『先《ま》づ/\』とも何《なん》とも言《い》はず女中《ぢよちゆう》のすゝめる椅子《いす》に腰《こし》を下《おろ》した。
自分《じぶん》は義母《おつかさん》に『これから何處《どこ》へ行《ゆ》くのです』と問《と》ひたい位《くらゐ》であつた。最早《もう》我慢《がまん》が仕《し》きれなくなつたので、義母《おつかさん》が一寸《ちよつ》と立《たつ》て用《よう》たし[#「たし」に傍点]に行《い》つた間《ま》に正宗《まさむね》を命《めい》じて、コツプであほつた。義母《おつかさん》の來《き》た時《とき》は最早《もう》コツプも空壜《あきびん》も無《な》い。
思《おも》ひきや此《この》藝當《げいたう》を見《み》ながら
『ヤア、これは珍《めづ》らしい處《ところ》で』と景氣《けいき》よく聲《こゑ》をか
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