》い洋犬《かめ》が一|匹《ぴき》、腮《あご》を地《ぢ》に着《つ》けて臥《ねそ》べつて、耳《みゝ》を埀《た》れたまゝ是《こ》れ亦《また》尾《を》をすら動《うご》かさず、廣庭《ひろには》の仲間《なかま》に加《くは》はつて居《ゐ》た。そして母屋《おもや》の入口《いりくち》の軒陰《のきかげ》から燕《つばめ》が出《で》たり入《はひ》つたりして居《ゐ》る。
初《はじ》めは俳畫《はいぐわ》のやうだと思《おも》つて見《み》て居《ゐ》たが、これ實《じつ》に畫《ゑ》でも何《なん》でもない。細雨《さいう》に暮《く》れなんとする山間村落《さんかんそんらく》の生活《せいくわつ》の最《もつと》も靜《しづ》かなる部分《ぶゝん》である。谷《たに》の奧《おく》には墓場《はかば》もあるだらう、人生《じんせい》悠久《いうきう》の流《ながれ》が此處《こゝ》でも泡立《あわだた》ぬまでの渦《うづ》を卷《ま》ゐて居《ゐ》るのである。
十
隨分《ずゐぶん》長《なが》く待《ま》たされたと思《おも》つたが實際《じつさい》は十|分《ぷん》ぐらゐで熱海《あたみ》からの人車《じんしや》が威勢《ゐせい》能く喇叭《らつぱ》を吹《ふ》きたてゝ下《くだ》つて來《き》たので直《す》ぐ入《い》れちがつて我々《われ/\》は出立《しゆつたつ》した。
雨《あめ》が次第《しだい》に強《つよ》くなつたので外面《そと》の模樣《もやう》は陰鬱《いんうつ》になるばかり、車内《うち》は退屈《たいくつ》を増《ま》すばかり眞鶴《まなづる》の巡査《じゆんさ》がとう/\
『何方《どちら》へ行《いらつ》しやいます。』と口《くち》を切《きつ》た。
『湯《ゆ》ヶ|原《はら》へ行《ゆか》ふと思《おも》つて居《ゐ》ます。』と自分《じぶん》がこれに應《おう》じた。思《おも》つて居《ゐ》るどころか、今現《いまげん》に行《ゆ》きつゝあるのだ。けれど斯《か》ふ言ふのが温泉場《をんせんば》へ行《ゆ》く人《ひと》、海水浴場《かいすゐよくぢやう》へ行《ゆ》く人《ひと》乃至《ないし》名所見物《めいしよけんぶつ》にでも出掛《でかけ》る人《ひと》の洒落《しやれ》た口調《くてう》であるキザな言葉《ことば》たるを失《うしな》はない。
『湯《ゆ》ヶ|原《はら》は可《い》い所《とこ》です、初《はじ》めてゞすか。』
『一二|度《ど》行《い》つた事《こと》があります。』
『宿
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