分《ずゐぶん》口《くち》が惡《わる》いね』とか何《なん》とか義母《おつかさん》が言《い》つて呉《く》れると、益々《ます/\》惡口雜言《あくこうざふごん》の眞價《しんか》を發揮《はつき》するのだけれども、自分《じぶん》のは合憎《あいに》く甘《うま》い言《こと》をトン/\拍子《びやうし》で言《い》ひ合《あ》ふやうな對手《あひて》でないから、間《ま》の拔《ぬ》けるのも是非《ぜひ》がない。

        五

 箱根《はこね》、伊豆《いづ》の方面《はうめん》へ旅行《りよかう》する者《もの》は國府津《こふづ》まで來《く》ると最早《もはや》目的地《もくてきち》の傍《そば》まで着《つ》ゐた氣《き》がして心《こゝろ》も勇《いさ》むのが常《つね》であるが、自分等《じぶんら》二人《ふたり》は全然《まるで》そんな樣子《やうす》もなかつた。不好《いや》な處《ところ》へいや/\ながら出《で》かけて行《ゆ》くのかと怪《あやし》まるゝばかり不承無承《ふしようぶしよう》にプラツトホームを出《で》て、紅帽《あかばう》に案内《あんない》されて兔《と》も角《かく》も茶屋《ちやゝ》に入《はひ》つた。義母《おつかさん》は兔《うさぎ》につまゝら[#「ら」に「ママ」の注記]れたやうな顏《かほ》つきをして、自分《じぶん》は狼《おほかみ》につまゝら[#「ら」に「ママ」の注記]れたやうに[#「に」に「ママ」の注記]顏《かほ》をして(多分《たぶん》他《ほか》から見《み》ると其樣《そんな》顏《かほ》であつたらうと思《おも》ふ)『やれ/\』とも『先《ま》づ/\』とも何《なん》とも言《い》はず女中《ぢよちゆう》のすゝめる椅子《いす》に腰《こし》を下《おろ》した。
 自分《じぶん》は義母《おつかさん》に『これから何處《どこ》へ行《ゆ》くのです』と問《と》ひたい位《くらゐ》であつた。最早《もう》我慢《がまん》が仕《し》きれなくなつたので、義母《おつかさん》が一寸《ちよつ》と立《たつ》て用《よう》たし[#「たし」に傍点]に行《い》つた間《ま》に正宗《まさむね》を命《めい》じて、コツプであほつた。義母《おつかさん》の來《き》た時《とき》は最早《もう》コツプも空壜《あきびん》も無《な》い。
 思《おも》ひきや此《この》藝當《げいたう》を見《み》ながら
『ヤア、これは珍《めづ》らしい處《ところ》で』と景氣《けいき》よく聲《こゑ》をか
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