て二人の身体《からだ》軽《かろ》く浮かびて見る見る十四、五間先へ出《い》でぬ。
『いい心持ちだ吉さんおいでよ』と呼ぶはお絹なり、吉次は腕を組んで二人の游ぐを見つめたるまま何とも答えず。いつもならばかえって二人に止めらるるほど沖へ出てここまでおいでとからかい半分おもしろう游ぐだけの遠慮ない仲なれど、軍夫を思い立ちてより何事も心に染まず、十七日の晩お絹に話しそこねて後はわれ知らずこの女に気が置かれ相談できず、独《ひと》りで二日三日商売もやめて考えた末、いよいよ明日《あす》の朝早く広島へ向けて立つに決めはしたものの餅屋の者にまるっきり黙ってゆく訳にゆかず、今宵《こよい》こそ幸衛門にもお絹お常にも大略《あらまし》話して止めても止まらぬ覚悟を見せん、運悪く流れ弾《だま》に中《あた》るか病気にでもなるならば帰らぬ旅の見納めと悲しいことまで考えて、せめてもの置土産《おきみやげ》にといろいろ工夫したあげく櫛二枚を買い求め懐《ふところ》にして来たのに、幸衛門から女房をもらえと先方は本気か知らねど自分には戯談《じょうだん》よりもつまらぬ話を持ち出されてまず言いそこね、せっかくお常から案じ事のあるらしゅう言
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