くせに嘘《うそ》をつけば、人々疑わず、それはそれはしかしもうさっぱりしたかねとみんなよりいたわられてかえってまごつき、
『ありがとう、もうさっぱりとしました。』
『それは結構だ。時に吉さん女房《にょうぼ》を持つ気はないかね』と、突然《だしぬけ》におかしな事を言い出されて吉次はあきれ、茶店の主人《あるじ》幸衛門《こうえもん》の顔をのぞくようにして見るに戯談《じょうだん》とも思われぬところあり。
『ヘイ女房ね。』
『女房をサ、何もそんなに感心する事はなかろう、今度のようなちよっとした風邪《かぜ》でも独身者《ひとりもの》ならこそ商売《あきない》もできないが女房がいれば世話もしてもらえる店で商売もできるというものだ、そうじゃアないか』と、もっともなる事を言われて、二十八歳の若者、これが普通《なみ》ならば別に赤い顔もせず何分よろしくとまじめで頼まぬまでも笑顔《えがお》でうけるくらいはありそうなところなれど吉次は浮かぬ顔でよそを向き
『どうして養いましょう今もらって。』
『アハハハハハ麦飯を食わして共稼《ともかせ》ぎをすればよかろう、何もごちそうをして天神様のお馬じゃアあるまいし大事に飼って置くこ
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