らず、いろいろ独《ひと》りで考えた末が日ごろ何かに付けて親切に言うてくれるお絹お常にだけ明かして見ようとまずお絹から初めるつもりにてかくはふるまいしまでなり、うたてや吉次は身の上話を少しばかり愚痴のように語りしのみにてついにその夜は軍夫の一件を打ち明け得ずしてやみぬ。何のことぞとお絹も少しは怪しく思いたれど、さりとて別に気にもとめざりしようなり。
その次の夜《よ》も次の夜も吉次の姿見えず、三日目の夜の十時過ぎて、いつもならば九時前には吉次の出て来るはずなるを、どうした事やらきのうも今日《きょう》も油さえ売りにあるかぬは、ことによると風邪《かぜ》でも引いたか、明日《あす》は一つ様子を見に行ってやろうとうわさをすれば影もありありと白昼《ひるま》のような月の光を浴びてそこに現われ、
『皆さん今晩は』といつになきまじめなる挨拶《あいさつ》、黙って来て黙って腰をかけあくびの一つもするがこの男の柄なるを、さりとは変なと気づきし者もあり気づかない者もあり、その内にもお絹はすこぶる平気にて、
『吉さんどうかしたの。』
『少し風邪を引いて二日ばかり休みました』と自ら欺き人をごまかすことのできざる性分の
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