寄せ小声に節《ふし》を合わして歌いながら帰りぬ。
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若い者のにわかに消えてなくなる、このごろはその幾人というを知らず大概は軍夫と定《き》まりおれば、吉次もその一人ぞと怪しむ者なく三角餅の茶店のうわさも七十五日|経《た》たぬ間《ま》に吉次の名さえ消えてなくなりぬ。お絹お常のまめまめしき働きぶり、幸衛門の発句《ほっく》と塩、神主の忰《せがれ》が新聞の取り次ぎ、別に変わりなく夏過ぎ秋|逝《ゆ》きて冬も来にけり。身を切るような風吹きて霙《みぞれ》降る夜の、まだ宵ながら餅屋ではいつもよりも早く閉《し》めて、幸衛門は酒一口飲めぬ身の慰藉《なぐさみ》なく堅い男ゆえ炬燵《こたつ》へ潜《もぐ》って寝そべるほどの楽もせず火鉢《ひばち》を控えて厳然《ちゃん》と座《すわ》り、煙草《たばこ》を吹かしながらしきりに首をひねるは句を案ずるなりけり。
『猿《さる》も小簔《こみの》をほしげなりというのは今夜のような晩だな。』
『そうね』とお絹が応《こた》えしままだれも対手《あいて》にせず、叔母《おば》もお常も針仕事に余念なし。家内
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