《やうち》ひっそりと、八角時計の時を刻む音ばかり外は物すごき風狂えり。
『時に吉さんはどうしてるだろう』と幸衛門が突然《だしぬけ》の大きな声に、
『わたしも今それを思っていたのよ』とお絹は針の手をやめて叔父の方を見れば叔父も心配らしいまじめな顔つき。
『叔父さんあっちは大変寒いところだというじゃアありませんか』とお常は自分の足袋《たび》の底を刺しながら言いぬ。
『なに吉さんはあの身体《からだ》だもの寒《かん》にあてられるような事もあるまい』と叔母は針の目を通しながら言えり。
『イヤそうも言えない随分ひどいという事だから』と叔父のいうに随《つ》いてお絹
『大概にして帰って来なさればよいに、いくらお金ができても身体《からだ》を悪くすれば何にもなりゃアしない。』
『ナニあの男の事だからいったんかせぎに出たからにはいくらかまとまった金を握るまでは帰るまい、堅い珍しい男だからどうか死なしたくないものだ。』
『ほんとにね』とお絹は口の中《うち》、叔母は大きな声で
『大丈夫、それにあの人は大酒を飲むの何のと乱暴はしないし』と受け合い、鬢《びん》の乱《ほつれ》を、うるさそうにかきあげしその櫛《くし》は
前へ 次へ
全18ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国木田 独歩 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング