を謝し奉り、これよりは知らぬ国に渡りて軍《いくさ》の巷《ちまた》危うきを犯し、露に伏し雨風に打たるる身の上を守りたまえと祈念し、さてその次にはめでたく帰国するまで幸衛門を初めお絹お常らの身に異変なく来年の夏またあの置座《おきざ》にて夕《ゆうべ》涼しく団居《まどい》する中にわれをも加えたまえと祈り終わりてしばしは頭《かしら》を得上げざりしが、ふと気が付いて懐《ふところ》を探り紙包みのまま櫛二枚を賽銭箱《さいせんばこ》の上に置き、他《ほか》の人が早く来て拾えばその人にやるばかり彼二人がいつものように朝まだき薄暗き中に参詣《さんけい》するならば多分拾うてくれそうなものとおぼつかなき事にまで思いをのこしてすごすごと立ち去りけり。
お絹とお常は吉次の去った後《あと》そこそこに陸《おか》へ上がり体《からだ》をふきながら
『お常さん、これからちょいと吉さんの宅《うち》をのぞいて見ようよ、様子が変だからわたしは気になる。』
『明日《あす》朝早くにおしよ、お詣《まい》りを済ましてすぐまわって見ようよ。あんまり遅《おそ》くなると叔父さんに悪いから。』
『そうね』とお絹もしいては勧めかね道々二人は肩をすり
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