点]帰って来たのが亭主の磯吉である。お源は単直《いきなり》前借の金のことを訊《き》いた。磯は黙って腹掛から財布を出してお源に渡した。お源は中を査《あらた》めて
「たった二円」
「ああ」
「二円ばかし仕方が無いじゃアないか。どうせ前借するんだもの五円も借りて来れば可いのに」
「だって貸さなきゃ仕方がない」
「それゃそうだけど能く頼めば親方だって五円位貸してくれそうなものだ。これを御覧」とお源は空虚《からっぽ》の炭籠《すみとり》を見せて「炭だってこれだろう。今夜お米を買ったら幾干《いくら》も残りや仕ない。……」
 磯は黙って煙草をふかしていたが、煙管《きせる》をポンと強く打《はた》いて、膳《ぜん》を引寄せ手盛《てもり》で飯を食い初めた。ただ白湯《さゆ》を打《ぶっ》かけてザクザク流し込むのだが、それが如何《いか》にも美味《うま》そうであった。
 お源は亭主のこの所為《しょさ》に気を呑《のま》れて黙って見ていたが山盛五六杯食って、未だ止《や》めそうもないので呆《あき》れもし、可笑《おかし》くもなり
「お前さんそんなにお腹《なか》が空《す》いたの」
 磯は更に一椀《いっぱい》盛《つ》けながら「俺
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