\所《ところ》の名物《めいぶつ》の商業《しやうばい》がある中に、ラクダルは怠惰屋《なまけや》で立《た》つて居たのである。
 抑《そ》も此男《このをとこ》は父《ちゝ》の死《しん》だ後《あと》、市街外《まちはづ》れに在《あ》る小《ちひ》さな莊園《しやうゑん》を承嗣《うけつい》だので、此《この》莊園《しやうゑん》こそ怠惰屋《なまけや》の店《みせ》とも謂《いひ》つべく、其《その》白《しろ》い壁《かべ》は年古《としふり》て崩《くづ》れ落《お》ち、蔦《つた》葛《かづら》思《おも》ふがまゝに這纏《はひまと》ふた門《もん》は年中《ねんぢゆう》開《あけ》つ放《ぱな》しで閉《とぢ》たことなく、無花果《いちじく》や芭蕉《ばせう》が苔《こけ》むす泉《いづみ》のほとりに生茂《おひしげ》つて居《ゐ》るのである。此莊園でラクダルはゴロリと轉《ころ》がつたまゝ身動《みうごき》もろくに爲《せ》ず、手足《てあし》をダラリ伸《のば》したまゝ一言《ひとこと》も口《くち》を開《ひら》かず、たゞ茫乎《ぼんやり》と日《ひ》がな一日《いちにち》、年《ねん》から年中《ねんぢゆう》、時《とき》を送《おく》つて居《ゐ》るのである。
 赤蟻
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