然《しか》し少年《こども》は見向《みむ》きもしないし手《て》も伸《のば》さないばかりか、木實《このみ》が身體《からだ》の傍《そば》に落《お》ちてすら頭《あたま》もあげなかつた。ラクダルは此《こ》の樣《さま》をぢろり横目《よこめ》で見《み》たが、默《だま》つて居《ゐ》た。
 斯《か》ういふ風《ふう》で一|時間《じかん》たち二|時間《じかん》經《た》つた。氣《き》の毒《どく》千萬《せんばん》なのは親父《おやぢ》さんで、退屈《たいくつ》で/\堪《たま》らない。しかしこれも我兒《わがこ》ゆゑと感念《かんねん》したか如何《どう》だか知《しら》んが辛棒して其《その》まゝ坐《すわ》つて居《ゐ》た。身動《みうごき》もせず熟《じつ》として兩足を組《くん》で坐《すわ》つて居《ゐ》ると、園《その》を吹渡《ふきわた》る生温《なまぬ》くい風《かぜ》と、半分|焦《こげ》た芭蕉の實や眞黄色《まつきいろ》に熟《じゆく》した柑橙《だい/\》の香《かほり》にあてられて、身《み》も融《とけ》ゆくばかりになつて來《き》たのである。
 やゝ暫《しばら》くすると大きな無花果の實《み》が少年《こども》の頬《ほゝ》の上に落《お》ちた
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